ひび

 きょうは取り立てて書くことがないので、

湯飲みがぶつかった話を書く。


 夕食後、緑茶を淹れようと湯飲みと湯飲みをくっつけて並べていた。

するとふとした拍子に湯飲みの口同士がガチリと鈍い嫌な音を立てた。

すぐに調べてみたが飲み口は欠けておらず、傷もついていない。

湯飲みは先ほどと同様に泰然とつやつやとしている。



 「表面的に傷がなくてもダメージは蓄積されているんだよ」

とは以前同じケースを見ていたTの発言である。

 彼とは学生時代もっとも時間を共有したにも関わらず

友人になれなかったまれな関係である。

 金輪際に彼と会うまいと極めたのには、分かりやすい衝撃があった。

しかし、これが亀裂を生んだのはやはりTが言っていたような

微細な傷があちこちにあって最後の衝撃は分水嶺に過ぎなかった

のではなかったかと、手切れをして数年経ってから考える

ようになった。


 省みると今の人間関係にも微細な傷は無数にあるのだと思う。

その一つ一つを顕微鏡で覗いて修復するわけにはいかない。

 いつかは割れるときが来るという不安はあるが、

不安がってもいられないので精々無用な傷はつけまいと思う。