可能性の中で

 きょうは稲刈りだった。
手伝いをしたのは稲を刈った後に米を乾燥機という機械にいれて
乾燥させる作業だけであった。


 今年から省人化のために新しいコンバインとフォークリフトを組み合わせて
今までは30キロの米俵を人間がいちいち手動で機械にいれていた作業を
今回はフォークリフトで一気に釣り上げて水道局の給水タンクみたいに
上から下に自然と米が機械に流れていくようにしたのである。


 ところでこのフォークリフトが釣り上げた米の重量は
約1.3トンでリフトの爪が折れたり、米を入れていた袋が決壊すれば
その下で作業していた私は圧殺されるのだなと思いながら作業していた。


 当たり前だが何の問題もなく作業は終わってこうして日記をつけている。
しかし私は不思議だなぁと思う。というのも他人を信頼していることについてである。
 今回の場合袋が決壊しない、フォークリフトの爪が折れないという前提のもと
農作業を手伝ったのであるが、もしこの前提を信じられずにただ単に
1トン以上の物の下にもぐり込むだったらきっと出来ないと思う。
それどころか地球上どこにもいられない。


 多分あらゆる前提に一応の疑いをかけることは、表現に顕れるものならば
ほとんど出来ると思う。
 しかし実際に生きていく上で疑い過ぎるのはよくないし、疑い過ぎないのもよくない。
なのでボチボチ疑って生きていこうと思った。